徒然日記ブログ版
ネコ達との楽しい日々をちょこっと公開~~~
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12月25日(金)
朝、ロッカールームで、同じ課の社員のAさんと会った。
ロッカーが隣なので、なかなか狭苦しい。
「ネコちゃん、オヤツ食べます?」と聞いてきた。
本当は殆どオヤツはあげないのだけど、「たまには」と答えた。
そしたら、袋一杯の「焼きささみ」を出して来て、もらって下さいと言う。
聞くと、彼女の家のネコちゃんが昨日の朝、亡くなったのだそうだ。
まだ4歳の若さで・・・
お母さんが大量に買っていたオヤツだそうで、どんなにその子がそれを好きだったか。
家族がどんなにその子を愛していたかが偲ばれて・・・
断れずに頂いた。
先月末まで元気だったのに、突然元気が無くなって、検査したら白血病だったらしい。
キャリアだったのだろう。
そして、発症してしまったのだ。
先月亡くなった我家のパンは20歳だったけど・・・
彼女が「20歳まで生きて欲しかった」と言った。
4歳は早すぎる。
我家でも、短命だった子は居たけど・・・もっともっと生きて欲しかった。
見た事も会った事もない子でも、あれこれ思うとシチュエーションが見えて来る。
そして悲しくなるのだ。
変な性分の私だったりする。
と殺場で「モノ扱い」されて殺されていく家畜達の映像も、正視出来なかった。
大切に飼われて来たのに、最期はこれかい!?と思って腹が立った。
どうせ殺すのかも知れないけど・・・命に感謝しようとどうして思わないんだろう。
人の命だけが尊いなんて思い上がりだ。
折しもクリスマスで、スーパーにはチキンが並んでいる。
ローストされた脚を見て、いったい何羽の鳥がこの日の為に殺されたのかと、思ってしまった。
買わずに「こんな事やめよう」と意思表示するのもありかも知れないけど・・・
殺されてしまった鳥たちの肉を無駄に捨てたら、それこそ罰が当たる。
1本だけ買って帰った。
クリスマスの為に七面鳥を飼ったけど、殺せなくてずっと飼っているって人もいる。
それが人だと思う。
肉を食べるには、誰かが命を絶たないといけない。
それを仕事にしている人が居るのは当然だろう。
でも、あまりに慣れしまったが故に、命を命と思わないのはダメだ。
と殺場に連れて来られた牛や豚は、みんな不安そうだ。
彼らに意思がないなんて、そんな事は絶対にない。
みんな同じ命で、同じ生き物なのだ。
誰だって、死にたくないに決まっている。
命の前に「人の」と付けたがる人達。
全ての生きとし生きる者には、全て平等に命は1個ずつ与えられているんだよ。
私の持論だが・・・
この地球上の命の数は決まっていて、絶滅した動植物の分は人が増えているに違いない。
そう思う。
脱線してしまった・・・
命の事を考えたらキリがないのだもの。
我家では、今夜はクリスマスだったので、久々に缶やパウチを開けた。
ネコ達、大喜び。
ウェットも食べさせないと、カリナール与えられないもんね~~~
そして、お正月には彼女にもらった「焼きささみ」を食べてみようか?
これを食べたかったネコちゃんの冥福を祈りながら・・・
朝、ロッカールームで、同じ課の社員のAさんと会った。
ロッカーが隣なので、なかなか狭苦しい。
「ネコちゃん、オヤツ食べます?」と聞いてきた。
本当は殆どオヤツはあげないのだけど、「たまには」と答えた。
そしたら、袋一杯の「焼きささみ」を出して来て、もらって下さいと言う。
聞くと、彼女の家のネコちゃんが昨日の朝、亡くなったのだそうだ。
まだ4歳の若さで・・・
お母さんが大量に買っていたオヤツだそうで、どんなにその子がそれを好きだったか。
家族がどんなにその子を愛していたかが偲ばれて・・・
断れずに頂いた。
先月末まで元気だったのに、突然元気が無くなって、検査したら白血病だったらしい。
キャリアだったのだろう。
そして、発症してしまったのだ。
先月亡くなった我家のパンは20歳だったけど・・・
彼女が「20歳まで生きて欲しかった」と言った。
4歳は早すぎる。
我家でも、短命だった子は居たけど・・・もっともっと生きて欲しかった。
見た事も会った事もない子でも、あれこれ思うとシチュエーションが見えて来る。
そして悲しくなるのだ。
変な性分の私だったりする。
と殺場で「モノ扱い」されて殺されていく家畜達の映像も、正視出来なかった。
大切に飼われて来たのに、最期はこれかい!?と思って腹が立った。
どうせ殺すのかも知れないけど・・・命に感謝しようとどうして思わないんだろう。
人の命だけが尊いなんて思い上がりだ。
折しもクリスマスで、スーパーにはチキンが並んでいる。
ローストされた脚を見て、いったい何羽の鳥がこの日の為に殺されたのかと、思ってしまった。
買わずに「こんな事やめよう」と意思表示するのもありかも知れないけど・・・
殺されてしまった鳥たちの肉を無駄に捨てたら、それこそ罰が当たる。
1本だけ買って帰った。
クリスマスの為に七面鳥を飼ったけど、殺せなくてずっと飼っているって人もいる。
それが人だと思う。
肉を食べるには、誰かが命を絶たないといけない。
それを仕事にしている人が居るのは当然だろう。
でも、あまりに慣れしまったが故に、命を命と思わないのはダメだ。
と殺場に連れて来られた牛や豚は、みんな不安そうだ。
彼らに意思がないなんて、そんな事は絶対にない。
みんな同じ命で、同じ生き物なのだ。
誰だって、死にたくないに決まっている。
命の前に「人の」と付けたがる人達。
全ての生きとし生きる者には、全て平等に命は1個ずつ与えられているんだよ。
私の持論だが・・・
この地球上の命の数は決まっていて、絶滅した動植物の分は人が増えているに違いない。
そう思う。
脱線してしまった・・・
命の事を考えたらキリがないのだもの。
我家では、今夜はクリスマスだったので、久々に缶やパウチを開けた。
ネコ達、大喜び。
ウェットも食べさせないと、カリナール与えられないもんね~~~
そして、お正月には彼女にもらった「焼きささみ」を食べてみようか?
これを食べたかったネコちゃんの冥福を祈りながら・・・
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無題
農業高校生が大切に可愛がって育てた牛などを出荷するときに、ほんとに悲しい思いをするのだそうですよね。必死で我慢している様子、以前TVで観ました。
生きるということは食べるということだと分かっていてもほんとに辛いですよね・・・・
ねこまんまさま
人は雑食で、なんでも食べます。
でも、自分で食べ物を調達しなくても食べられるので、命を何とも思わなくなったのかも知れませんね。
肉を食べると言う事は、命を頂くと言う事なのです。
感謝しないといけません。
生き物を肉にするには、命を絶たないといけません。
愛護法では、苦痛を与えてはいけない事になっています。
どの命も、終わりを迎える時には、穏やかでいてもらいたいものです。
食用でも、実験でも・・・命と向き合ってもらいたいと思います。